日本でも人気なチェコ人画家のミュシャ展に行ってきました。
今回はその時の様子をお伝えします。
いざ!会場の長野県上田市へ
今回のミュシャ展はサントミューゼという美術館で開催されています。
上田駅から歩いて15分くらいです。向かいにはアリオがあります。
入り口からミュシャの絵がお出迎え
入り口でチケットを渡して二階に上がると早速ミュシャの絵がお出迎えしてくれました。
これはフランス時代に描いたモエシャンの広告のポスターのようです。
後ろの青空とも合わさって絵が映えますね。
この後各章に入って行きます。ミュシャの活躍ぶりを見ていきましょう。
第1章 挿絵の魅力
ミュシャの才能が開花したのはパリ留学中でした。
留学資金援助が打ち切られたことから挿絵を自ら売り込み、人々を瞬く間に魅了しました。
この実績が認められ、商業ポスターのデザインを手掛けます。
第2章 パリ時代の魅力的な商業ポスター
当時のパリは近代化に伴い大量消費時代に移り変わりつつありました。広告媒体はポスターが主要でした。ミュシャは演劇、酒、タバコ、香水、鉄道など多種多様なポスターを制作しました。
人気の理由の一がアールヌーボー様式の華やかな装飾でした。これは単なる商業ポスターにとしてだけでなくアート作品としても注目され中には3000枚も増刷されたものがありました。
第3章 くらしを彩る装飾パネル
ミュシャの想い、それは”すべての人に美しい芸術を届けたい”。絵画を一部の富裕層に限られていた存在を安価に大量生産できる製法を活用し、小型化した装飾パネルを制作しました。
華やかなアクセサリーを纏った美女が描かれています。人々の間で暮らしを彩るものとして普及していきました。
第4章 装飾資料集・装飾人物集
ミュシャは後進の育成にも熱心で、アールヌーボー様式の教科書として装飾資料集や装飾人物集を出版します。
多種多様な表現を描くデザイン集として好評を得ました。
第5章 くらしの中で愛されるミュシャ(ムハ)
くらしを彩るデザインはポスターや装飾パネルにとどまらず、商品パッケージ、カレンダー、有価証券等にも採用されます。
当時の影響力の強さが垣間見えます。
第6章 ミュシャ(ムハ)とアメリカ
ミュシャは彼のスラブ民族としてのアイデンティを残したい想いが強くなっていきます。
後の彼のライフワークの一つのスラブ叙事詩を制作すべく、活動資金を調達すべくアメリカ行きを決意します。
当時のアメリカはニューリッチが次々と生まれていました。個展や講演会を通じてスポンサーを得ることに成功します。
第7章 我が祖国チェコ
彼の壮大な構想”スラブ叙事詩”を遂行するため、ミュシャはチェコに戻ります。
制作と併行して祖国の仕事も行いました。
紙幣、切手、合唱団のポスター等を無償で引き受けました。
ミュージアムショップ
会場には小さいミュージアムショップが併設されています。
ポストカード、しおり、ポスター、クリアファイルなど多いです。
展覧会場で撮影した写真を#ミュシャ展上田をつけてSNSにアップするとここでオリジナルグッズがもらえます。
アクセス
長野県上田市のサントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館)で開催しています。
ご参考に公式ホームページもご覧ください。
ホームページ:https://www.santomyuze.com/facility/access/
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